1936年9月3日、和歌山県高野山生れ。奈良県五條市に育つ。血液型O型。小学校4年のとき手塚治虫『新宝島』でマンガに目覚め、初めてストーリーマンガ「まほうのつぼ」を描き、マンガ家になることを決意する。中学時代に手塚へ送ったカット作品は、手塚をして「天才が現れた」と言わしめた。が、その後は脱手塚を目指す。
1955年、五條高校3年生の時、貸本向け単行本「森の兄妹」「別世界」でプロデビューを果す。初期の代表作には「底のない町」「口が耳までさける時」「猫面」「太郎さん羽奈子さん」「ガモラ」「恐怖の地震男」などがある。この時期すでに、恐怖マンガ、ラブコメディ、SF、時代物とジャンルは多岐に渉り、貸本マンガ界のトップ作家として活躍した。
1965年、「ねこ目の少女」を皮切りに『少女フレンド』に連載された少女モノ恐怖マンガで全国的にブームを巻き起こし、恐怖マンガのスタイルを確立した。これ以後、日本マンガ世界の第一線の作家として活動することとなる。
1955年、五條高校3年生の時、貸本向け単行本「森の兄妹」「別世界」でプロデビューを果す。初期の代表作には「底のない町」「口が耳までさける時」「猫面」「太郎さん羽奈子さん」「ガモラ」「恐怖の地震男」などがある。この時期すでに、恐怖マンガ、ラブコメディ、SF、時代物とジャンルは多岐に渉り、貸本マンガ界のトップ作家として活躍した。
1965年、「ねこ目の少女」を皮切りに『少女フレンド』に連載された少女モノ恐怖マンガで全国的にブームを巻き起こし、恐怖マンガのスタイルを確立した。これ以後、日本マンガ世界の第一線の作家として活動することとなる。